2012年3月16日金曜日

「選択と集中」の誤算に苦しむエレクトロニクス業界

_




日経新聞web版 2012/3/13 7:00
http://www.nikkei.com/tech/ssbiz/article/g=96958A9C93819696E3E0E2E1948DE3E0E2E1E0E2E3E0E2E2E2E2E2E2;p=9694E0E5E2E3E0E2E3E2E1EAE4E0

「選択と集中」の誤算に苦しむエレクトロニクス業界

 NEC、ソニー、シャープ、パナソニック……、1月下旬以降エレクトロニクス大手の巨額赤字や人員削減の発表が相次いだが、社名をながめていると共通項が浮かんでくる。
 いずれもバブル後の「失われた15年」を克服するため1990年代後半から2000年代にかけ「選択と集中」を迫られた企業である。
 一時は効果を発揮して苦境を脱し、新たな成長の道筋を築いたかに見られたが、現時点で振り返ってみると
 リストラ途上で新事業の芽を摘んだり、
 集中投資が思惑外れとなった
事例が目につく。
 成功体験にとらわれ、見通しやタイミングを誤ると
 「選択と集中」は企業の手足を奪い、縮小均衡を繰り返す悲惨な結果
をもたらす。

 1月26日の第3四半期決算説明会で、NECは12年3月期(以下、決算はすべて連結)の最終損益が1000億円の赤字に転落(従来予想は150億円の黒字)する見通しになり、グループ社員5000人、外部委託業務5000人分の「計1万人規模の人員削減」を行うと発表した。

 同社はリーマン・ショック後の09年にも2万人削減を実施している。
 度重なる人員削減について記者会見で問われた遠藤信博社長は
 「円高の進行や現在の欧州(情勢)がどの程度日本に響いてくるかということが見えてなかった」
と釈明した。

  周知のように、かつて通信や半導体、パソコンで一世を風靡したNECは、皮肉なことにインターネットの普及によってこれら一連のIT(情報技術)が統合され始めた90年代後半から失速を始めた。
 経営陣の内紛もあって戦略が迷走したこともあり、半導体やパソコンなどハードウエア事業を縮小し、システム開発やコンサルティングに軸足を置くサービス化路線がようやく鮮明になったのはこの1~2年だ。

 同じようにハードからサービスへと事業構造を転換させた米IBMの例をみると、ナビスコ社からスカウトされたルイス・ガースナー氏がCEO(最高経営責任者)として大改革を始めたのが93年であり、NECは海の向こうのかつてのライバルから、かれこれ20年近く後れを取っていることになる。

 10年4月に半導体子会社のNECエレクトロニクスを同業のルネサステクノロジに統合、携帯電話事業も同年6月にカシオ計算機、日立製作所と部門統合させた。
 さらに懸案だったパソコン事業も11年1月に中国のレノボ・グループ(聯想集団)との合弁会社に移管。
 こうした事業の“切り出し”もあって、NECの売上高はピークだった01年3月期の5兆3549億円から12年3月期(予想)は3兆1000億円へと42%も減少する見通しだ。

 それでも「選択と集中」によって利益が出ているならまだ救われるが、01年3月期~12年3月期の12年間のNECの最終損益を通算すると、5427億円の赤字である。
 今後のV字回復も期待薄で、遠藤社長は先の記者会見で一昨年発表した来期(13年3月期)売上高4兆円、最終利益1000億円という中期計画目標について「無理だと思っている」と語っている。

 いまやNECの主力事業はITサービス、通信、社会インフラ、電池の4部門だが、いずれも独自性や新規性に乏しい。
 人員・経費削減という目先のリストラ効果を狙って事業を絞り込んだ結果、この会社は次なる成長の構図が描けない隘路(あいろ)にはまっているように見える。

 ソニー、シャープ、パナソニックの3社はいずれも巨額の集中投資を行ったテレビ事業で躓(つまず)いた。
 ソニーは04年に韓国サムスン電子と折半出資でテレビ用液晶パネルを製造する合弁会社S-LCDを設立。
 ソニーはこの合弁事業に約1300億円を投じたが、テレビ事業は05年3月期から今期まで8期連続の赤字となる見通しで、その原因の1つはこの合弁会社から割り当てられる割高の液晶パネルにあるとも指摘されている。

 ソニーは昨年末にサムスンとの合弁を解消。
 S-LCDの持ち株はサムスンに譲渡し、以後価格に応じて自在に液晶パネルを調達できるようにした。
 このほかソニーは09年12月にテレビ用液晶パネル調達のためにシャープの堺工場(堺市)を運営するシャープディスプレイプロダクト(同)に7%(100億円)を出資、これを昨年4月に34%に引き上げる予定だったが、直前にキャンセルを公表している。

 2000年代半ばから液晶テレビへの集中投資を進める傍ら、ソニーは次世代テレビ用パネルといわれたFED(電界放出型ディスプレー)から撤退。
 当時、社内からは
 「目の前(液晶テレビ)の売り上げにつられ、次世代(FED)のマーケットを失った」
 「ソニーらしさの象徴である“ものづくりスピリッツ”が消えてしまう」
――といった経営陣への不信感が漏れてきた。

 ソニーがサムスンとの液晶パネル合弁を決めたのと同じ04年、パナソニック(08年10月に松下電器産業から社名変更)も兵庫県尼崎市にプラズマパネルの大型工場を建設する構想を発表した。
 薄型テレビ市場ではこの頃から、それまで大型化が難しいとされた液晶テレビの技術開発が進んでプラズマの性能に近い精細な画像表示が可能になり、その結果、比較的高額だったプラズマテレビの値が下がって液晶との価格競争が激化した。
 当然、プラズマが主力のパナソニックは採算悪化を余儀なくされる。

 にもかかわらず、同社は11年3月期までにプラズマ製造の尼崎工場、液晶製造の姫路工場(兵庫県姫路市)の建設に計4000億円以上を投じた。
 当時、同社幹部は重要な要素技術の流出を防ぐ「ブラックボックス」戦略によって、高品質のプラズマパネルは国内でしか生産せず、海外生産の廉価品に対して高い競争力を維持できると主張していた。
 だが、内外のライバルメーカーの技術革新は同社の予想を上回るスピードで市場を席巻。
 04年当時、1インチ当たり1万円だったテレビ用薄型パネルの価格は、06年には5000円に下がり、それが昨年1000円を割る水準にまで急降下した。

 2000年代に薄型テレビへの巨額投資に踏み切ったシャープやパナソニックに対しては、かねてアナリストたちの間から「“テレビ一本足打法”で大丈夫なのか」と危惧する声があった。
 シャープにはもう1つ、太陽電池という中核事業があるが、この市場も世界的なメーカー乱立で競争が激しく現状の採算は厳しい。
 パナソニックにも09年に傘下に収めた旧三洋電機の各種電池事業、今年1月に吸収した旧パナソニック電工の住宅設備関連事業などがあり、同社はこれらの事業を足がかりに来期(13年3月期)2500億円の損益改善効果を見込んでいるが、薄型テレビの穴を埋めるほど収益性を高められるかどうかについては悲観的な見方が多い。

 エレクトロニクス大手8社のうち、現在業績が最も好調なのは日立製作所。第3四半期決算発表時の今期(12年3月期)業績見通しでは、最終利益予想を2000億円としていたが、3月9日に完了したHDD(ハードディスク駆動装置)事業子会社(日立グローバルストレージテクノロジーズ)の売却によって今期1910億円の営業外収益を計上する方針。
 このため、前期に記録した過去最高益(2388億円)を2期連続で更新する可能性が高まっている。

 わずか3年前の09年3月期に日立は7873億円という国内製造業で最悪の最終赤字を計上、当時日立はアナリストたちから「『選択と集中』の落第生」などと揶揄(やゆ)された。
 テレビや半導体など不振事業のリストラに手間取る一方、02年にIBMから買収したHDD事業は07年までに計1200億円の赤字を計上、加えて上場子会社が16社(09年3月末時点)もあり、グループ経営のガバナンス(統治)が不全との指摘まであった。

 09年4月に「再建請負人」として日立の会長兼社長に就任した川村隆・現会長は「100日プラン」と名づけたスピード再生に着手。
 不振事業については「撤退」というドラスティックなやり方ではなく、「本体から遠ざける」というソフトランディング(軟着陸)手法で対応。
 上場子会社の本体への吸収もIT系を中心に5社にとどめた。

 「川村改革」は赤字の垂れ流しを食い止め、その後のV字回復を演出したが、一方で1100社を超える子会社群をほぼ温存。
 パナソニックのような本社機能強化によるモノカルチャー路線とは一線を画し「野武士集団」といわれた日立伝統の多様性を維持した。

 川村氏の前任社長である古川一夫・現NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)理事長は在任中
 「総合電機メーカーとして“コングロマリット(複合企業)・プレミアム”を発揮する」
と盛んに唱えたが、07年3月期からの3期連続最終赤字の経営責任を問う批判の声にかき消された。
 現在、海外投資家などからは、重電、社会インフラから家電、ITサービスまで、世界で数少なくなったエレクトロニクスのコングロマリットとして日立の優位性を指摘する声が聞こえてくる。

 ビジネスは生き物であり、生き馬の目を抜く世界のエレクトロニクス市場で生き残るために「選択と集中」が不可欠であることは否定しない。
 ただ、その場しのぎのリストラの繰り返しや「一本足打法」のような過大な集中投資は、ものづくり企業の創造力を阻害し、未来の芽を摘んでしまう。
 間違った「選択と集中」は必ず復讐するのである。





_